地獄の底から見上げてろ

 まだなじみのない兵舎を歩いていると、「尾形少尉殿」と呼ばれた。振り返れば少尉付きの軍曹が足を速めて近づいてきて敬礼し、規律にしたがってなにか言いながら紙を手渡してきた。電報だ。ひらいて読むと、暗号化された、とてつもない朗報だった。笑みをおさえ、軍曹に礼を言う。おれの知る軍曹よりも表情がやわらかい男は、用事を終え満足した顔で、ふたたび敬礼をして去っていった。その背中を見送ることはせず、また電報の紙に目を落とした。腹の底からふつふつと喜びがこみあげてくる。
 今日は、あのひとが待つ家へ帰ろう。

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