螺旋

 兄さん、怒っていらっしゃるんですか。さっきからひと言も口をきかない。言いたいことがあるなら言ってください、黙ったままじゃあ、何もわかりやしないでしょう。……だんまりですか、ひどいな。
 はい、わかりやしないだなんて嘘ですよ。兄さんの考えていることぐらいわかる。求導師であるわたしが、手を汚したことを、なげかわしいとお思いなんでしょう。わかっています。だけれど、兄さん、仕方がなかったんですよ。
 そりゃあ、人を殺すことは悪いことでしょう、聖職である求導師が人殺しに手をそめるなど、神王にも信者の皆さんにも顔向けのできない悪事です。ですけど、兄さん、死ぬことによって、いや、殺されることによってしか救われない人間というのは、確かに、存在するんです。そういうときに、この手を汚してでもその人を殺すのは、むしろわたしの、求導師の役目であるようには思われませんか。……また、そうやって黙っている。兄さんはひどいひとだ。いいですよ、返事はしなくてけっこうです。兄さんにはわからないことだ。そう、これは、わたしにだけ、わかることです。
 宮田さんはそうだった。宮田さんはずっと、わたしにあこがれ続けていたんです。誰かに認められ、愛され、肯定されたがっていた。そうされるような、正しいものに、善いものになりたがっていた。求導師であるわたしのように。しかし、その願望と同じくらいに強く、自分の根源に悪が根付いていることも知っていた、なりたいものになるべくもないことを知っていたんです。どうしようもないことだ。悪人を、誰が認め、誰が愛し、誰が肯定するでしょう? 人殺しだとか、そんな生やさしいものではない。償ったり贖ったりできるものじゃあない、宮田さんの本質が悪だったんです。だから宮田さんは、わたしと違い、宮田の家にもらわれていった。
 ずっと、宮田さんは絶望していたんです。踏みつけられること、疎まれること、憎まれること、かえりみられないこと。そしてなにより、善いものになれないことに。愚かしいことですが、わたしはその絶望すらもかえりみませんでした。こわくて目をそらしていた。宮田さんをひとりぼっちにおいておいたんです。ほかの誰が宮田さんを疎み、蔑み、目をそらそうとも、わたしだけはそうしてはならなかったのに。
 だからね、兄さん、だから、わたしは宮田さんを殺さなくちゃあならなかった。わたしが求導師だからです。いいや、それ以前に、わたしが宮田さんの兄で、宮田さんがわたしの弟だからです。宮田さんもわたしの手にかかることを望んでいた。わたしはそれに応えなければならなかった。だって、それが慈悲で、愛というものでしょう。わたしは彼を愛している、弟なのだから、当然です。
 なぜ宮田さんのことがそんなにもわかるかって? やっとしゃべってくれましたね、ああ、そりゃあ、兄さん、わたしと宮田さんがたったふたりの、血を分けた兄弟だからですよ。決まっているでしょう。兄さんとわたしがたったふたりの、血を分けた兄弟であるようにね。だから、わたしには、宮田さんのことが手に取るようにわかります。兄さんだってわたしのことが手に取るようにわかるはずです。でしょう? そうでなければ嘘です。わたしたちには同じ血が流れている、誰よりも近しい血の絆がある。兄さんにわたしのことがわからないなら、わたしにだってわたしのことがわかるはずがないんですから。
 あははあ、なんですか。どうしました。わたしが、何かおかしなことを言いましたか、兄さん。なんだか変な顔をしているようだけど。ああ、いや、いや、やめてください、言わないで。どうだっていいでしょう、そんなことは。わたしには、わたしにしかできないことがある。わたしは成さねばならない。行かなければ。

 ああ、その前に、兄さん、一生のお願いがあります。きいていただけますか。そうですか、なら、欲張ってふたつ。
 ひとつめは、わたしがどうなろうとも、どうか、わたしを、わたしのなすことを誇りに思っていただきたいということです。さすが我が弟よと、お言葉をください。役目はきっと果たします。どうか。
 ふたつめは、……どうか宮田さんのそばにいてやってください。ひとりぼっちにしたくはないのです。これまでずっと、ひとりぼっちにしてしまったから。

 ありがとう、兄さん。
 これで心残りはありません。いち個人としての牧野慶は、ここで宮田さんとともに死ぬとしましょう。どうかそばにいてやってください。
 これよりさきは、ただ求導師として行きましょう。

 さようなら、兄さん。