Der seltsame Mann im Traum.

 シャチはある晩、へんな夢を見た。
 夢は突然はじまり、だれかに強く抱きしめられる。自分よりはるかにデカい体格、かたい感触からして男だ。しかもばかに力が強くて、夢のなかだというのにシャチは思わず「ぐええ」とうめいてしまう。シャチを抱きしめた男は、なんだか泣いているような声で、ひとりにしてごめんな、大きくなったなあ、などと言う。しかしシャチはこんな男は知らない。酒浸りのすえに死んだ父親よりも倍はデカいし、そもそも父親はシャチの成長を見て喜ぶようなまともな頭はしていなかった。
 ひと違いをされている。絶対に。
 そう思うのだが、ほとんど抱き上げられているような状態でぎゅうぎゅうに抱きしめられていて、説明もできず、シャチは途方に暮れる。なんとなく、手を伸ばして泣いている男の背をなだめるようにたたいてやったりしていると、やがて男はシャチを下ろした。そして鼻をずびずびいわせながらシャチの顔を覗き込んで、首をかしげた。あれ? とでもいうように。シャチもまねをして首をかしげてみた。どう反応していいのだかわからなかったので。
「あれ、ドジった!」
 目をまんまるくして男が叫ぶ。やっぱりひと違いだったらしい。すまなかった、知り合いのところに行くはずだったんだけど、まちがえちまったみたいで。犬みたいにわかりやすい萎れかたをしながら男が言う。いや気にすんなよ、シャチはそう答える。まあ抱きしめられたことにはおどろいたし、力も強すぎたが、べつにぶん殴られたわけでもないし、男の誠実そうなようすが怒りというものを思い浮かばせすらしなかった。
 ありがとう、男はそういうと、おれ行かないと、じゃあな! そういって背をむけ駈け出そうとして、足をすべらせケツからこけた。おいおいおいおい! 反射的に助けようとしたところで、シャチは目が覚めた。そして夢だったと気付いた。


 そのへんな夢のことを、シャチは食事のときになんとなしにほかのクルーたちに話した。会ったこともない男に会うおかしな夢。なんだそりゃ、と笑い飛ばされるだろうとぼんやり考えているかいないかすらあいまいなほどの、むだ話、ばか話のたぐいでしかなかったのだが、ペンギンがそういえばおれもその夢見たことある、と声を上げた。
 シャチがおどろいていると、ほかのクルーたちもつぎつぎに、おれも、おれもある、おれも見た、と言う。ベポはおれは見たことないやと言い、ジャンバールもうなずく。イッカクも怪訝な顔を見るに、見たことがないのだろう。
 収拾がつかなくなりそうなところを、シャチが仕切って挙手制でへんな男が出てくる夢を見たことがあるか・ないかを集計すると、クルーのおよそ半数が夢を見たらしいということがわかった。
「どういうことだ?」
「能力者の攻撃?」
「なにも起こってないぞ」
「これから起こるのかも」
「どう思います、キャプテン?」
 クルーのひとりが、会話に加わらずにむっつりと食事をしていたキャプテン・ローに問いかけた。クルーたちはみんな黙って、ローが考えを述べるのを待つ。ローはひどく不機嫌そうに眼をあげて、「くだらねえ」と切り捨てた。そうしてそのまま、食事を終えた食器を置いて席を立ち、食堂を出ていってしまった。クルーたちは顔を見合わせる。
「怒らせた?」
「機嫌が悪かっただけじゃねえ?」
「キャプテン、眠かったのかなあ」
 気まぐれなキャプテンのたまの不機嫌にはクルーたちも慣れっこで、ローの反応についての話はこれで終わってしまい、またへんな夢のことに戻っていった。話してみると、内容は共通している。なんだかよくわからないうちにばかでかい男に抱きしめられて、あっちがひと違いだと気付くと、謝って去っていく。多くの場合、そのときに転ぶ。それだけ。
「何なんだろうな?」
 シャチは首をひねる。夢を見たクルーたちに共通しているのは、そんな男に会ったことがない、と言うことだ。イッカクが、憶えてないだけで会ったことがあるんじゃないか、とたずねてきたが、夢を見たことがあるクルーたちは一様に首を横に振るのだった。
「あんな強烈なやつ、いちど見たら忘れねえよな」
「そうそう」
「キャプテンよりでーっかくて」
「ベポよりデカいかもな」
「目の下と口にピエロのメイクしてた」
「そんで赤いずきんみたいなのかぶっててよ」
「ハートまみれのシャツ」
「あ、あと真っ黒い羽根でできたコート羽織ってた!」
「さすがに忘れねえよなあ?」
 男の化粧、容貌、服装の強烈さについて、夢を見たことがあるクルーたちがたがいに確認しうなずきあっていると、ふと、ベポが不思議そうに言った。
「ねえ、その大きいひと、ほんとうはだれに会いに来てるんだろうね?」
 一同は沈黙する。へんな夢を見たクルーの記憶はすべて共通していて、ひと違いだとかならず言われている。じゃあ、ひと違いじゃないやつというのは、いったいだれなのだろう?
「とりあえずおれたちはひと違いらしいから、おまえらのなかのだれかなんじゃねえか?」
 ペンギンがそう言って、夢を見ていないといったクルーたちを見渡した。そのうちのひとりがぶるっとからだを震わせて、不吉なこと言ってんじゃねえよ! と叫ぶ。
「そのピエロ野郎が、めあての人間を殺しに来てんだったらどうすんだ!」
 夢を見たクルーたちはたがいに顔を見合わせる。まったく予想外、想定外の考えだった。あの男がだれかを殺しに来ている。うーん、と考え込んで、
「夢のなかじゃあ助けようがねえな」
「そういう怪談なかったか? 夢のなかで死んで、そのまま一生目覚めねえってやつ」
「やめろ!」
 おびえていたクルーが耳をふさいで縮こまると、どっと笑いが起こった。さすがに気の毒だったので、シャチは「虫も殺せないようなタイプに見えたから、安心しろよ」と慰めてやった。