あなただけに尽くす

 真っ赤な薔薇の花束をかかえ、ヴァイオリンケースを下げて道をゆく青年を、通りすがりにふりかえる者がいたが、青年の歩みは変わらなかった。身を切るような寒さは手袋のなかにも忍び込んで、指さきを冷やしていた。だが、そんなことは何でもない。青年は昨日誕生日を迎えて二十一になった。これから約束を果たしに行くのだ。
 もう慣れ親しんだ扉のまえで、チャイムを鳴らす。しばらくの間のあと鍵をはずす音がして、扉がひらいた。うつくしいひとはあきれたような顔をしている。
「音之進くん、いらっしゃい」
 子どものころの呼び名をわざとつかって、鶴見が挑戦的に笑った。音之進はかかえていた花束を突きつけて、
「二十一になりました。今日からあなたはわたしの恋人です」
 宣言した。
 鶴見はわざとらしく芝居がかって長くため息をついて、「考えると言ったんだよ」と言って、真っ赤な薔薇を受け取った。