You Don't Know Who I Am.

Father's Speech
 第三世代のシンスが開発されてから、60年がたつ。その間、インスティチュートの研究者たちは、チューンアップを繰り返し、改良をかさねてきたが、もはや限界をむかえようとしている。第三世代は、単なる道具にとどまり、このさきも『再定義された人類』たりえないという結論を呈しつつある。
 『再定義された人類』は、言葉通り『人類』でなければならない。しかし、『再定義』するからには旧来の『人類』そのままであってはならない。人間のように思考し、自律し、行動すると同時に、過去の人類が――あるいは現在の、もはや死に絶えるべき地上人が愚かしくも繰り返すような、略奪や戦争といったあやまちを決して犯さない者たちでなければならない。そうでなければ、人類の復興は、ようやくついえかけている戦乱をふたたび地上にもたらすだけのものとして終わる。
 現状、第三世代のシンスたちは、われわれ旧人類の干渉によってのみ存続しうる、あやうい存在でしかない。今後科学者たちがいかなる機能を付与したところで、それは変わることがないだろう。第一世代、第二世代のノウハウを踏み台に、第三世代は大きく飛躍し、人類への近似を遂げた。だがまだ足りない。シンスが、ただシンスでありつづけるかぎり、『再定義された人類』には届かない。
 発想の転換をしようではないか。いままで、シンスには感情や情動などのエラーを起こさないよう電子脳での調整を行ってきた。ここで、『感情を持つシンス』をつくることを提言したい。これまで感情にめざめたシンスは数多く存在した。それらはすべて偶発的なものであり、再調整を行うことで対処してきた。それは火を見て水をかけ消し止めるようなものでしかなかった。だが、シンスを『再定義された人類』にまで押し上げるためには、われわれは、火を支配せねばならない。



Institute Creates Daddy's Son
 以上のファーザーの演説は理事会の面々に好意的に受け止められたが、それは計画の全容がつまびらかにされるまでだった。つくられるシンスが10歳のころのファーザーを模すということと、そのシンスのためにVault111の冷凍睡眠ポッドで眠り続けているネイサン・ガフをめざめさせ、インスティチュートへ呼び寄せることがあきらかになると、ほとんどの理事会メンバーが難色を示した。とくにDr.リーの反発は大きく、成長しない子どものシンスなど倫理に反する、というのが彼女の意見だった。
 難色も反発も予期していたファーザーは、粛々と、自分の意見を並べた。経験上、そうすれば理事会が自分の意見を受け入れることを、ファーザーは知っていた。10歳の子どもを模すのは発展途上の感情を観察することが容易であるから。ネイサン・ガフを呼び寄せるのはシンスには本来あり得ない、ほんものの『親』に育てさせることで感情の発達をうながすため。己を模したシンスをつくるのは、『親』が調達しやすいことと、10歳当時を再現できるだけの身体データが存在するのがファーザーだけであり、第三世代のシンスのもととなったDNAを考えればそれが妥当であるから。ネイサン・ガフがシンスの『親』にふさわしいかは、少ない手掛かりから彼がここインスティチュートへ至ることができるかで測り、ふさわしくなければ別途『親』を用意する。
 理事会はファーザーの計画を受け入れた。Dr.リーは、シンスの製作が開始されてからも、「あなたの10歳当時の記憶を入れるなんてことは、絶対しないで」と反発心あらわだったが、そもそもファーザーにそのつもりはなかった。10歳のころのファーザーはまだ実験サンプルとして管理されていて、その当時の記憶を入れても実験の助けにはならないどころか阻害することになるとわかっていた。
 調整をかさね、できあがった少年型シンスは、ショーンと名づけられた。しばらくアドバンスシステム課のサンプル室ですごしていたが、感情プログラムを担当したDr.ビネーと、外殻を担当したDr.リーのすばらしい仕事による完成度の高さに課内のメンバーがノイローゼ状態に陥り、結局はファーザーが自室で管理することになった。管理と言っても何のことはない、シンスがプログラムどおりに子どもらしくふるまい、まとわりつくのを受容するだけのことだ。プログラムされた子どもらしさはあつかいやすく、なぜこれでアドバンスシステムのメンバーたちがノイローゼに陥ったのか、ファーザーは理解できなかった。
 つぎはネイサン・ガフをVault111からおびき寄せなければならない。冷凍睡眠ポッドから彼を解放しただけでは、永遠にインスティチュートへはたどり着けない。多少の策謀をめぐらす必要があった。彼に、ここをめざすだけの動機と、熱意を植え付ける。エサはすでに決めていた。彼の息子となるべき少年型シンスのショーンと、彼の伴侶を殺した傭兵ケロッグだ。ネイサン・ガフが少年型シンスの『親』にふさわしい人間であれば、このエサに食いつくはずだ。食いつかなければそれまでだ。彼はただ連邦をさまよい、忌むべき地上人のように無意味に死ぬだろう。
 ネイサン・ガフがエサに食いついたとして、それだけでは足りない。それだけでは、理事会のメンバーも納得しないだろう。彼は自力でインスティチュートに至らなければならない。インスティチュートにおいては、必要でないものはすべてが破棄される運命にある。彼はその能力でもって、己の有用性と、『親』にふさわしいということを証明しなければならない。
 つまるところ、ネイサン・ガフは、インスティチュートが技術の粋をつくして強化したサイボーグであるケロッグにたどりつき、どうにかして奴を始末し、天啓を得るかなにかしてインスティチュートへの潜入方法を引きずり出すためにケロッグの電子脳を保持してしかるべき施設へ行き、なんらかの方法で電子脳からデータを引き出したうえで、インスティチュートに潜入するために必要なチップの存在を知り、なんとかして対人戦闘術に長けたインスティチュートのコーサーを破壊して空間転送用チップを奪い、シグナルインターセプターをつくりあげる必要がある。
 こうやってあらためて並べてみると、正気とは思えない実験だった。十中八九、失敗する。ネイサン・ガフはここへはたどり着けない。たとえ運が彼に味方したとして、最短でも一年はかかるだろうし、そのときにはおそらくファーザーは死んでいるだろう。なにしろ、ファーザーは死に至る病に侵されてから長く、最近ではMed-Xを切らせば動くこともできないような激痛にさいなまれている。生きのびてせいぜい二、三か月といったところだ。
 しかし、それらは致命的な問題にはならない。ネイサン・ガフの実験中途での放棄あるいは死はつまり、彼がここへたどり着くに値しない人間だったという証明にほかならない。実験はそのように終わったという結果を得るだけだ。ファーザー自身の死によって、彼とファーザーが出会わないことについては、そもそもなんの問題でもありはしない。実験に彼とファーザーの再会はふくまれていない。彼はショーンの『親』となるためにここへ来る。ファーザーは、己の死後であっても、インスティチュートのほかの科学者がとどこおりなく実験を終えられるよう、データを残しておけば、それでいい。

 ダイアモンドシティにエサを配置し、Vault111の冷凍睡眠ポッドは開かれた。賽は投げられ、あとはなんらかの目が出るのを待つだけだ。



Father's Miscalculation
「……各シンス、およびコーサーからの報告を総合しますと、ネイサン・ガフはケロッグを破壊しそこから得た情報をもとに輝きの海へ向かったようです。おそらくバージルに接触を試みているものかと」
「早い」
 ファーザーは呆然とそうつぶやいた。
「申し訳ありません、ファーザー。もういちどくりかえします」
 X6-88がかるく頭を下げてからふたたび報告を開始しようとするのを、ファーザーは手で制した。
「いや、すまない。そういう意味ではない」
 ファーザーは眉間にこぶしをあて、頭痛をこらえるように目を閉じた。
「わたしが耄碌していないのであれば、Vault111の冷凍睡眠ポッドを開いたのは二日まえだな」
「そのとおりです、ファーザー」
 X6-88が肯定する。
「つまりネイサン・ガフは、たった二日でVault111からダイアモンドシティにたどり着き、ケロッグとショーンの痕跡をさぐりあて、ケロッグを殺し、電子脳からバージルの情報をさぐりだしたのか」
「そのようです、ファーザー」
 ふたたび、X6-88が肯定する。
 ファーザーは頭を抱えた。
「早すぎはしないか」
 ファーザーは、ネイサン・ガフがここへたどり着くまでにはどんなに早くとも一年はかかるはずだと推算した。類例のないことなので厳密に計算できたわけではないが、まったく根拠なく想定したわけでもない。優秀な軍人であったとはいえ、戦前の人間である彼がウェイストランドで生きることは容易ならざることのはずだ。世界は変わり果てている。物資の調達、休息場所の確保、人間とみれば襲ってくるミュータントやレイダーたちの排除。スカベンジャーにも敵にまわる者がいるだろう。生きるために割かねばならない労力は多大だ。そのほかの活動に労力をはらえるようになるまでには時間がかかるはずだ。そしてそのさきの道のりはもっと長くなるはずだと、そう考えた。そのうえで推算した結果が最短でも一年という期間だった。
 だというのに、ネイサン・ガフは結局、おおよそ三分の一の道程を、二日よりもみじかい時間で乗り越えたようだ。インスティチュートが強化したサイボーグ、ケロッグまで、鎧袖一触とばかりやすやすと屠ってみせた。そんなことがあり得るのだろうか。ファーザーはケロッグの強化にはいっさいかかわっていない。だから担当の科学者が「やつはもはや人間としては最強の部類ですよ」などと言うのをまるのみに信じていたが、それは科学者の勘違いか、あるいは実戦をともなわないデータのみの机上の空論でしかなく、じつはケロッグはものすごく弱かったりしたのだろうか。インスティチュートはあの男を強化するために数十年という時間と資源、労力をついやした。そのすべては無駄だったのだろうか。というか強化されたサイボーグより強い生身の人間とはいったいどういうことだ。戦前のアメリカは軍人をどう強化していたというのだ。
 ファーザーはぐるぐると考え込み、X6-88は淡々と報告を続けた。
「複数のシンスがほぼ同一の報告を提出しています。なかにはネイサン・ガフを追尾しているコーサーも含まれます。にわかには信じがたい内容ではありますが、信頼性は高いものと推定されます」
「そうか……」
「不審な点があるようでしたら、わたしが精査に向かいますが」
 シンスは虚偽報告をしない。事実誤認はあり得るが、複数体のシンスが同じ報告をあげているというなら、可能性は著しく低い。ましてやそのなかにコーサーがいるとなればなおさらだ。であれば、いかに信じがたくとも、予測から大きくはずれていたとしても、これらは事実なのだろう。
「いや、いい。わたしはおまえたちを信頼している」
「光栄です」
「ご苦労だった、X6-88。下がってくれ」
 X6-88は一礼し、来たときとおなじように、足音も立てず部屋を出て行った。じゅうぶんに遠ざかったと信じられるだけの時間を置いてから、ファーザーは椅子の背もたれにからだを沈め、大きくため息をついた。
 ネイサン・ガフの優秀さは、戦前の資料をあたって把握しているつもりだった。サンクチュアリ・ヒルズににある彼の自宅へ、シンスを数人、スカベンジングに差し向けもした。かがやかしい軍歴、おびただしい数の功績、勲章、彼が非常に優秀な軍人であることはわかっていた。たとえその勲章の何割かが、末期的状況にあった戦前の合衆国が、兵士たちを鼓舞するためにばらまいたものであったとしてもだ。
 もういちど、推算しなおすとすれば、ネイサン・ガフがここへいたるまでにあと何日かかる計算になるだろうか、とファーザーは考える。コモンウェルスのなかでも、地上人が住むにさえ困難なほどに汚染された地、それが輝きの海だ。バージルは、FEVでその身をミュータント化してもぐりこんだと目されている。愚かしくも脱走シンスのように、インスティチュートから逃れるために。
 さいわい、強力なRADスーツとして機能するパワーアーマーは、地上のそこここに放棄されている(という報告を受けている)。エンジニアとしての経歴も持つ彼であれば、修理することは可能だろう。パーツさえそろえることができるなら。もしくは地上を這いずり戦前の遺物にすがるばかりの、ブラザーフッド・オブ・スティールと自称する蒙昧な愚者どもからはぎとることも、彼になら可能かもしれない。
 バイオサイエンス部門の研究員であったブライアン・バージルが逃亡を図ったことは、完全な不測の事態であり、実験に突如入り込んだ不確定要素だった。彼には有利に働く、可能性がある。しかし、彼がバージルと会えたとして、バージルはここへいたるための道を彼のまえに開いてやるだろうか? 彼はケロッグを破壊し、その記憶を手にしたように、コーサーを屠り、空間転送用のチップを得られるだろうか、そしてパワーアーマーを修復するほどにたやすく、シグナルインターセプターを建設し得るか?
 彼は、すでに不可能とも思われた困難をいくつも乗り越えている。
 ファーザーは机の上に置かれた暦をながめる。尋常に考えたならば、あと二か月、いや三か月。そう考え、いや、と否定が浮かぶ。尋常に考えるのがまず間違いだ。彼ならば、父ならば、そう……ファーザーの指が暦をたどる。父ならば、月どころか、週さえ跨がずにここへいたるかもしれない。そう考え、ファーザーは肩を揺らしてしずかに笑った。あまりに都合がよすぎる。まさか、という気しかしなかった。



Father Meets Daddy
 そのまさかだった。
 X6-88の報告のあと、各地のシンスたちやコーサーからの情報は矢継ぎ早になった。それは戦前にあったという古典的な連絡手段、電報を思わせた。X6-88が『ネイサン・ガフが逃亡人造人間を確保の任務についているコーサーに接触を試みている』という情報を取りまとめているあいだに、『ネイサン・ガフはコーサーを破壊しチップを入手した』という情報が入ってくるというありさまだった。ファーザーがすべての報告を直接受け取るようにしたころには、すでにシグナルインターセプターがほぼ完成しており、もはや情報を得る段階ではなくなっていた。
 ネイサン・ガフの建造したシグナルインターセプターからの信号を受信できるよう機器を調整し、テレポーターの着地点から管理官室までの道だけを残してほかを封鎖し、護衛にコーサーか、せめてシンスを置くべきだという部門長らの提案を蹴って、ようやく準備を終えたときには、すでにインスティチュート内でネイサン・ガフの分子情報が再構成されていた。
 
 あああああ、と内心悲鳴をあげながら、ファーザーはスライドドアのまえでうずくまった。ショーン、おまえもか。おまえまでが、こんな予期不能のバグを起こすとは。  ショーンはネイサン・ガフに向けて、「おまえなんか知らない」とくりかえしていた。なだめるネイサン・ガフの声がだんだんと苦渋をおびたものになる。それはそうだ、彼は息子を救うために多大な犠牲と労苦を払い、尋常ならざる速さでここまでたどりついたというのに、当の息子が彼を否定しているのだから。
 こんなはずではなかった。たしかに、ショーンはネイサン・ガフを知らない。しかし、ファーザーはどこかで、同じ遺伝子を持ち、プログラムされたとはいえ感情を持つシンスならば、『親』となにか通じあうものがあるはずだと、おそらく思っていた。第三世代のシンスはあまねくすべてがファーザーと同じDNAを持っている。ファーザーは彼らの誕生の経緯から、彼らの父と言われるが、遺伝子上は親子どころか『そのもの』だ。だからだろうか、ただのシンスでしかないショーンを、ファーザーは、自分の分身かなにかのように思っていた。まったくもって、非科学的で、非論理的に。
 それがこの悲劇――いや、失敗をまねいた。
 おまえなんか知らない、助けて、 ファーザー お父さん。ショーンがくりかえすその響きは、父をひどく傷つけているだろう。いや、それは斟酌すべき事柄ではない。だがとにかくこの場をおさめなければならない。ショーンが父を『親』と認識できないのであれば、実験は失敗だ。おびえ、興奮しているショーンをいったん機能停止させ、父に何らかの説明をおこなう必要がある。ここへ呼び寄せた理由をつまびらかにしなければ。実験が失敗したのは父の咎ではない。父は求めるすべてを知らされるべきだ。
 ファーザーは立ち上がって居住まいを正し、スライドドアを起動した。父とショーンがファーザーを見た。ファーザーは父から意図的に目をそらした。ファーザーの姿を見て安堵の色をにじませるショーンへ向けて、リコールコードを口にしようとしたとき、ファーザーの目の端に怒りと憎しみにゆがむ父の顔が見えた。ホルスターから銃を抜く、その不穏な動きがやけにゆっくりと認識される。己の体が、父に正対する動きも。うす汚れ黒ずんだその顔だち、同じ目の色に、己の若いころに似た面影を見つけた。わずかに。その面影のそばで、銃口の丸く暗い穴がファーザーを見ていた。
 父の指が引き金をしぼるのを見ながらファーザーは得心した。ショーンが何度も叫んでいた、「おまえなんか知らない」と。そうだ。父だって、老いた息子のことなど知るはずがない。